レヴィット&ダブナー:スターはつくられる

前回にも少し関係するかなという感じの「Freakonomics」のコラムです。去年のワールドカップ前ということで結構古いのですがおもしろかったので紹介します。

概要
http://www.freakonomics.com/times0507.html
本文
http://www.freakonomics.com/times0507col.html

レヴィット&ダブナー:スターはつくられる―才能を真に生み出すもの


2006年5月7日付


来月開催されるワールドカップに出場するサッカー選手の生年月日を調べたら、衝撃の新事実が見つかるはずだ。それは、一流サッカー選手は一年の前半期に生まれることが多いというものだ。ここで、ワールドカップやプロチームで活躍することになるヨーロッパ各国のユース代表選手を見てみると、この新事実がもっとはっきりした形で見えてくるだろう。たとえば近年のプレミアリーグでの10代の選手のうち、半数は1月〜3月に生まれていて、残り半分はほかの9ヶ月にばらけて生まれている。ブンデスリーガだと、52人の若手選手が1〜3月生まれで、10〜12月に生まれた選手は4人しかいない。


このゆがみはどう説明したらいいんだろう? いくつか推測してみると、1)サッカースキルを高める占星術的な兆候がある、2)冬に生まれた子供は酸素容量が高くなる傾向がある、3)サッカー狂の親はサッカーが一年で一番熱狂する春頃に子供を作りやすい、4)それ以外。


フロリダ州立大学心理学教授アンデルス・エリクソン(58)は、「それ以外」の可能性が非常に高いと考えている。エリクソンは「エキスパート技能ムーブメント」と呼んでもいいような研究者たちの集まりのリーダー的存在で、彼らは重要でたぶん根源的な疑問、「あることに長けている人がそうなっているのは、何が原因なのか?」に答えを見つけようとしている。


エリクソンスウェーデンで生まれ育ち原子力工学を研究していたが、あるとき心理学に転向すれば自分が主体的に研究を進めることがもっとできるんじゃないかと思い立った。30年ほど前になる彼の最初の実験は記憶力に関するものだった。被験者にランダムな数字の列を聞かせて繰り返させるというものだ。「最初の被験者は20時間ほどトレーニングを行った後に記憶可能な数字が7桁から20桁に増えた」とエリクソンは回想している。「その後も数字の数は伸び、200時間ほどトレーニングを行ったときには80桁の数字を覚えられるようになった。」


その後の研究で、記憶力それ自体は遺伝的に決定されないということが明らかになった。自分の実験とこうした研究から、記憶という行為は直観的というよりはより認知的な運動である、とエリクソンは結論付けた。言い換えるとこれは、人間の記憶力に関してどんな生まれついての差が確認できようとも、この差は情報の「エンコード」方法のよしあしで消え去ってしまうということだ。そして情報を意味ある形でエンコードさせるベストの方法は、計画的練習といわれるプロセスなのだ、とエリクソンは考えた。


計画的練習は単に作業を繰り返す、たとえばハ短調の音階を100回弾いてみるとか、脱臼するまでテニスのサーブ練習をするとかといったものだけにとどまらない。そこでは特定のゴールの設定、その場その場でのフィードバック、それに結果プラス技術の重視が重要になる。


エリクソンたちはさまざまな分野での一流の人々を研究することに没頭してきた。そうした分野にはサッカー、ゴルフ、外科手術、ピアノ演奏、スクラブル、物書き、チェス、ソフトウェアデザイン、証券コンサル、ダーツがある。得られるデータは全て集められた。これは彼ら一流人の業績データや経歴上の詳細だけではなくて、そうした成績優秀者に対して行った研究室での実験結果も含まれている。


彼らの研究は来月出版される「Cambridge Handbook of Expertise and Expert Performance (ハンドブック:専門技術と専門能力)」という900ページにわたる学術書にまとめられている。この本の主張にはちょっと驚かされる。一般に才能と呼ばれている特性は過大評価されすぎている、と言っているんだ。別の言い方をすれば、エキスパートは、その分野が記憶力でも外科手術でも、バレエでもプログラミングでも、ほとんどの人は成長とともにつくりあげられた、つまり生まれついてのものではなかったんだ。それに、練習こそが完璧をもたらす、ということも言っている。こうしたものはありふれた表現で、親は子供によくささやいている。でもこうしたありふれた表現が正しいことだってある。


エリクソンの研究から三つ目のありふれた表現も見えてくる。好きこそ物の上手なれ。人生設計をするんだったら、自分の好きなものを選べ。好きじゃなかったら一生懸命がんばって上達しようというふうにはなりにくいからね。自分の得意でないものはやりたくない、というのは自然だ。だからギブアップすることも多い。俺には数学の/スキーの/バイオリンの才能がなかったんだな。ぶつぶつ。でも本当になかったのは、上達したいという欲求であり、上達につながる計画的練習をやってみたいという欲求だったんだ。


エリクソンは自分の研究についてこう語っている。「ここから言えるのは、生まれついての限界があると思い込んでしまっている人は多いというものだ。しかしマスターするために時間をかけないですばらしい能力を得る可能性についての確かな証拠はほとんどない。驚くほどだ。」でもこのことは潜在能力がみんなに平等に備わっているということじゃない。マイケル・ジョーダンだったら、数え切れないほどの時間をジムで過ごさなかったとしても、ほかの人よりバスケットボールはうまかっただろう。でもそうした時間をすごさなければ実際の彼ほどのプレイヤーには絶対になれなかったはずなんだ。


エリクソンの結論が正しいとすれば、さまざまな分野に応用できそうだ。学生は自分の興味を持っている分野を早いうちから学ぶようにさせたほうがいい。そうすればより能力を高めていけるし、意義あるフィードバックも得やすくなる。高齢者も新たな能力を得る気になったほうがいい。とくに「才能」は必要だけど自分にはないから、とあきらめていた人は。


それに医学トレーニングを考え直すこともたぶん有効だろう。エリクソンによると、医者の大半は医学部を出たあとの実際の医療現場にいる期間が長いほど能力が落ちていくという。でも外科医は例外だ。これは、その場でのフィードバックと特定のゴール設定という計画的練習の重要な要素二つに外科医が常にさらされているからだ。


でも、たとえばマンモグラム医にとってこのことは当てはまらない。医者がマンモグラムを診るときには乳がんがあるかどうか確実なことはわからない。何週間も経ったあとに生検を行うか、何年も経った後でがんが進行してやっとわかるようになる。意味あるフィードバックがなければ、医者の能力は時間を経るごとに実は悪くなっていく。エリクソンは新しいトレーニング法を提案する。「医者が古い症例のマンモグラムを診断すれば、それぞれの症例について正しい診断のフィードバックがその場で得られるだろう」と。「こうした学習環境で作業すれば、医者は通常なら二年かけて学ぶものより多様ながんについて一日で判断できるようになるかもしれない。」


少なくとも、エリクソンやエキスパート技能運動の賛同者の洞察から、なんで一流サッカー選手が一年の早いうちに生まれるのかというなぞの答えが見えてくる。


ユースチームは年齢枠別に組織されるから、ユースチームには生年月日の上限日が設定されている。ヨーロッパリーグのユースチームの場合上限日は12月31日だ。ここで、監督が同じ年齢枠の1月生まれと12月生まれの二人の選手を見比べるとき、1月生まれの選手のほうが大きく強く成熟している可能性は高い。監督はどっちの選手を選ぶだろうね。監督は成熟さを能力と勘違いしているのかもしれないけれど、それでも自分の好きなほうを選ぶだろう。で一度選ばれたら、こういう1月生まれの選手たちは、年とともにトレーニング、つまり計画的練習やフィードバックを受けることになる。自尊心が伴うのは言うまでもない。こうしたものを受けて、彼らは一流選手になっていく。


子供を間違った月に生んでしまったサッカー狂いのお父さんお母さんは残念でした。でも練習は続けるのが大事。5月初旬の今度の日曜日に妊娠したら子供は来年の二月に生まれるだろう。そうなると、2030年のワールドカップを家族席から観戦するチャンスはかなりよくなるはずですよ。

さらに


http://eng.alc.co.jp/newsbiz/hinata/2006/09/10_1.html
エリクソンについてはこちらでも日本語で紹介されています。


http://www.tuat.ac.jp/~hes/osaka%202005%20HP/3-3.pdf
また、日本でも「相対年齢効果」(早い月生まれの子が…というやつ)は確認できるようですね。