コモドドラゴンの物語

前置き


http://richarddawkins.net/article,452,n,n より。

ドーキンスからのクリスマスプレゼント(笑)。コモドドラゴンコモドオオトカゲ)というと、NHK日曜日の番組、「ダーウィンが来た!」でも最近放送されてましたね。

こういうのが読みたかったのです。『祖先の物語2』とか『祖先の物語Updated』みたいなのが出版されたりしないかなあと想像してみたりしました。

コモドドラゴンの物語(リチャード・ドーキンス


おとなのコモドドラゴンは、3mほどにもなる貪欲な肉食獣で、小型の恐竜に間違うことがあるかもしれない。コモドドラゴンは本当は巨大なオオトカゲ(Varanus komodoensis)で、恐竜がたどった道をたどってきてはいないんだ。少なくとも今は、という話だけれど。それでも彼らはダグラス・アダムズとマーク・カーウォーダインによる名作「Last Chance to See」でも取り上げられた、絶滅危惧種のひとつだ。このトカゲはインドネシアの数少ない島々にしか生息していなくて、こうした島々には、コモド島はもちろん、フローレス島という島も含まれている。このフローレス島にはちょっと昔に絶滅したホモ・フローレシエンシスという人類種が住んでいて、コモドドラゴンや今は絶滅したさらに大きなオオトカゲはたぶん彼らをえさにしていた(そもそももしホモ・フローレシエンシスが本当に小型化した人類種であれば、の話だけど)。コモドドラゴンは今でもチャンスがあれば人間を食べる。だからコモドドラゴンは人類に広くある竜伝説の実在する起源としていいのでは、と言われている。実際中国の船乗りがコモドドラゴンの恐ろしい話を中国に帰ってきて触れ回った、というのは十分にありうる話だ。炎は吐かないけれど、コモドドラゴンの口には化膿菌が蔓延していて、一噛みで致命傷になってしまう。彼らのよくやる狩りの方法は、この致命的な一噛みを見舞っておいてから、獲物が細菌に感染して死んでしまうまで追い掛け回し、その後になって食べる、というものだ。コモドドラゴンはこの文を書いている現在(2006年クリスマス)話題になっている。ネイチャー誌に(Vol 444, 28th December 2006)掲載されたおもしろい論文が、コモドドラゴンが単為的に生殖可能である(つまり、「処女懐胎」できる)という証拠を示したからだ。これがわたしがこれからする物語のテーマだ。


動物園に捕獲されたメスのコモドドラゴンが明らかに父親なしで子供を産んだ、というおかしな話がいくつか最近浮上している。たとえば、もう死んでしまったけど、スンガイというロンドン動物園にいたメスのコモドドラゴンが、二年半もオスが近くにいないにもかかわらず卵を産み、オスの子供が生まれた、とニューサイエンティスト誌は2006年4月25日付けで報じている。ニューサイエンティスト誌では二つの可能性があるとしている。ひとつは、昆虫の多くがやるようにスンガイが精子を保存し、後になって使った、というもの。もうひとつは、スンガイが自分自身のクローンをつくった、つまり自分の左足が自分の右足と同じという意味で、彼女と遺伝的に同一の子供を生んだ、というものだ。でも「処女懐胎」で生まれた子供がみんなオスなんだから、クローンというのは違うんじゃないんだろうか? 本当のクローンというのは母親と遺伝的に同一なんだから、子供も彼女と同じようにメスじゃないといけない、ということにならないんだろうか?


こたえはそのとおり。でもこれは普通考えられているように簡単に答えが出てくるようなものではないんだ。ほとんどの脊椎動物では、性は遺伝的に決定され、クローンとしての子供は母親と同じ性になっているはずだ。でも性は遺伝によらず、環境によって決定される場合もありうるんだ。魚の中には、オスがまれにしかいなくて、ハーレムをつくる種類がいる。ハーレムにいるメスは争って優劣の順位を決める。もしハーレムのオスが死ぬと、有力なメスが性転換してハーレムを引き継ぐ。ここではオスはみんなメスとして生まれて、成長してからそういう風にして性を転換するんだ。


爬虫類でこういう手段をとるものはいないけれど、性を決定する別の環境要因に温度がある。この方法で性を決定するのは爬虫類ではとてもよくあることで、ワニやムカシトカゲ(ニュージーランド沖の島々だけに生息する「生きた化石」)や、カメのほとんど、それからヘビやトカゲでも少数はこうして性決定が行われる。トカゲ類では、一定温度以上で孵化するとオスが生まれ、それより低い温度ではメスが生まれる。おそらくこのしきい温度は、通常の生息環境で性比が平均すると50/50になるように自然淘汰によって調整されているんだろう。今ではあんまり人気のなくなってしまったある理論に、恐竜が絶滅した原因は、地球温暖化のせいでオスしか生まれなくなってしまったためだという説がある。


もしコモドドラゴンが温度で性を決定しているとすれば、一定温度よりも高い状態で孵化されれば自分のクローンを産んだメスもオスの子供を産めるかもしれない。でもこの理論には残念ながら、コモドドラゴンの性決定はワニみたいに温度がキーになっているのではなく、鳥類や哺乳類とおなじように染色体がキーになっている。メスがクローンをオスの子供として出産するというどんなアイデアもこの事実で台無しになってしまう。メスのコモドドラゴンがクローンで子供をつくれば、そのクローンは母親と同じ染色体を持っているだろうから、クローンは母親と同じ性のはずだ。


でもニューサイエンティスト誌は3つ目の可能性を示唆しなかった。「処女懐胎」は「自家受精」でも可能なんだ。これは植物ではよく見られるもので、クローンと同じではない。たとえばあの有名なヒツジの実験なんかでも、クローンというのは新しいヒツジ(ドリー)を古いヒツジ(名前もなく歌もない。かわいそうなもんだ)の二倍体の体細胞から作り出すことを意味している。この実験の二匹のヒツジは年齢は違うけれど一卵性双生児と同じもので、だから当然どちらも同じ性だった。自家受精というのはこれとは異なる。これは、個体が自分自身と交わる、というようなものだ。同一個体の二つの(染色体セットがひとつだけの)半数体細胞が、ひとつは精子として、もう一方が卵子として振る舞い、受精して二倍体の染色体をもった細胞になる、というものだ。こういう風に起こらなくてもいいんだけれど、もし二つの「交わる」半数体細胞がひとつの半数体細胞が分裂して二つになることでできているのなら、この二つの細胞は互いに同一になる。そこから生まれる二倍体の子供は、染色体のペアをセットで持つことになるけど、このペア同士はまったく同じになっている。でも、対応する兄弟の染色体とは異なるものになっている。言い換えると、それぞれの子供の染色体は、ペアが集まったものだけれど、兄弟はまた別のペアをセットで持っているということだ。遺伝学の専門用語を使うと、どの子供も「ヘテロはゼロ」だけれど、兄弟同士では異なっている、ということになる。さらに別の言い方をすれば、子供は二倍体だけれど、ペア相手の染色体に「気を使わ」なくてもいい、ということだ。だってペアはどっちもまったく同じなんだから。


じゃあ、自家受精で生まれたんだとしたら、このとき子供たちの性はどうなるんだろう? ここからいよいよおもしろくなってくる。女性が自家受精で子供を産んだら、子供は女になるはずだ。哺乳類のメスはX染色体を二つ持っているけど、オスはX染色体をひとつ、Y染色体をひとつもっている。人間の卵子はどれもX染色体をひとつもっているけど、精子には二種類あって、半分の精子Y染色体をもっていて、もう半分はX染色体をもっている。Xの精子が(いつもXの)卵子と受精すると、子供はメス(XX)になる。Yの精子卵子と受精すると、子供はオス(XY)になる。このメカニズムでオスとメスの子供が同じ頻度で生まれてくるということはちょっと計算すればすぐにわかると思う。そこで、自家受精の問題の答えだ。人間のメスはY染色体を持っていない。だから自家受精で生まれた子供の染色体はXXになるはずで、つまりメスになるということだ。


でも動物には、たとえば鳥やチョウチョウなんかは、このシステムがまったく逆になっているものもいる。メスがXY(と同じ意味)でオスがXX(と同じ意味)になっている。実際にはYとXの変わりにWとZと言われるんだけど、原理は同じだ。で、ここでメスの鳥が自家受精で子供を産むとどうなるか、考えてみてほしい。このメスはZの卵子とWの卵子を生むことができる。もしZ卵子が分裂して自分自身と「交わる」と、ZZとなってオスが生まれる。理論的にはW卵子も同じように分裂して自身と「交わ」ればWWの子供ができるが、この組み合わせは自然にはないもので(この理由を説明するのはまた別の物語が話せるくらいだ)、たぶん生きることはできないだろう。だから、メスの鳥が自家受精できるとすれば、子供はみんなオス、ということになるだろう。


コモドドラゴンはこの点で鳥と同じだ。オスがZZでメスがZWになっている。メスのコモドドラゴンが本当にクローンで子供を産んだらそれはZWになるからメスということになる。でももしメスのコモドドラゴンが自家受精で子供をつくったとしたら、生まれてくるこどもはみんなZZになるだろうし、これはつまりオスになるということだ。これは実際に観察されている結果と一致する。コモドドラゴンが自家受精するという仮説は当たってそうだ。


ネイチャー誌の論文ではこれを支持する証拠が載っている。ワッツ、ビュリー、サンダーソン、チオッフィとギブソンは二匹のメスのコモドドラゴン、チェスター動物園のフローラと、前に出てきたロンドン動物園のスンガイと、彼女たちの単為生殖で生まれた子供(みんなオス)のDNAを調べた。予想通り、子供たちはみんなすべての遺伝子座でホモ(同じ染色体がペアになっているということだ)だった。兄弟や親子同士がクローンのように同一ではない、というのも予想通りだった。それに子供たちが母親の持っていない遺伝子を持っていなかった、というのも予想通り。別の言い方をすれば、どの子のゲノムも母親のゲノムのちゃんとしたサブセットだけど、兄弟のゲノムとは異なるサブセットになっているということだ。自家受精仮説が支持されているんだ。


昆虫に見られるように、野生のコモドドラゴンは可能ならば有性生殖を行うけれど、メスはオスがいないとなれば単為生殖をおこなうのではないか、と言われている。コモドドラゴンは泳ぎがうまくて、島から島へ渡ることもできる。メスが島にひとりぼっちになればオスの子供を無性生殖で産んで、その子供と交わって子供をつくり、そうして新しい島へ移住するということも理論的に言えばありうる話だ。


このネイチャーの論文がクリスマスウィークに出版されたので、新聞各紙が冗談めかした記事を載せたというのは予想できるものだし、デムスキーが自分のウェブサイトに記事を載せた*1のも偶然じゃないだろう。チェスター動物園の爬虫類飼育員やネイチャー論文の執筆者の一人はこう言っている:「ここにあるのは『処女懐胎』だし、卵は5月に産まれたので孵化するのはクリスマスのころになるだろう。羊飼いと賢人と、チェスター動物園の空に輝く星には気をつけないとね」。でも、処女懐胎を擁護するキリスト教の人々がコモドドラゴンに期待を寄せすぎるのはあんまり賢いとは言えない。聖母マリアは哺乳類で、クローンで子供を産んでも自家受精で子供を産んでも子供は娘しか生まれない。イエスには人間の父親がいたか、そうじゃなかったらイエスは女だったということになる。


奇妙なんだけど、福音主義キリスト教論者で、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジの遺伝学名誉教授のRJ(サム)ベリーは昔また別の方法でマリアが処女懐胎で男子を産んだのではないか、と言ったことがある。マリアは遺伝的には男性で、XY染色体を持っていたのではないか、と彼は推測している。マリアは女に見えたのは遺伝的にテストステロンに反応することができなかったからだ、という。「これが事実で、卵子が単為的に発達して、テストステロンに反応する異常が起これば、一見すると正常な女性がセックスなしで息子を産むという状況ができる」。ベリー自身も自分の仮説をあんまり評価していないみたいだ:「わたしが簡単に説明したメカニズムはありえなさそうだし、証明もできない。それにイエスかマリアのどちらか(どちらも)発達的に異常だと言っていることになる。わたしがこうしたことを説明することで言いたかったのは、処女懐胎という教義を愚弄するような、そんなのあり得ないという思い込みを減らしたいというだけのことだ」(Daily Telegraph、2001年11月21日付)。でもこんなのまったく必要じゃないと思う。そもそもこの処女懐胎という伝説が、「若い女」を意味するヘブライ語の単語がギリシャ語で「処女」を意味する単語に誤訳されたということに由来されたということを受け入れれば。こういうのはよく起こることで、たとえば「maid(メイド)」と「maiden(処女)」という英単語を考えてみればいい。ベリーはものすごく信心深い人間だけど、科学を引き伸ばして聖書、それも誤訳された聖書に合うようにしよう、という試みは、キリスト教擁護論を地図にない場所に押し込んでいるように見える。


読者の皆さんへ、メリークリスマス。


この物語はドーキンスのウェブサイトへ、クリスマスということで特別に書かれたものである。『祖先の物語』にはない物語だが、ここで報じられた事実が二年前にわかっていれば本にも収録されたかもしれない。

*1:たぶんhttp://www.uncommondescent.com/archives/1892 だけど、これはデムスキーが載せたんじゃないな